徳川家康・松平忠明/河合権兵衛改め今西正冬

(元和七)1621年11月、徳川家康の外孫で郡山城主松平忠明が当家へ赴き宴を催し杯を酌み交わし、河合権兵衛改め川井長左衛門正冬は、大坂夏の陣の際に今井の西辺において大野治房おおのはるふさらを撃破した義勇と今井を繁盛させ営立させた功績をたたえられ、今井の西を守ったことから今西を名乗るように薦められて今西與次兵衛正冬と改め、徳川家康からことづけられたという薙刀来国俊など賞物を多数拝領しました。
戦乱の中、大和四家の筒井氏、越智氏、箸尾氏の血脈が露と消える中、十市県主氏の誇りを胸に刻み、河合権兵衛清長は十市遠勝と共に亡命し十市家中の十市後室らを今井に匿い、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑と接し、或る時は死を恐れず真っ向から戦い、或る時には今井町の平和を願って折衝に当たりいくさを治め乱世を対応してきました。河合権兵衛改め今西正冬が行ってきた数々の徳の恩恵に授かって、今西家の子孫は今もなお今井町で暮らし続けていけていると感謝しています。