伝統行事

「七夕(たなばた)」の語源は『古事記』の中で葦原中国(あしはらのなかつくに) を平定する中で、アメノワカヒコが亡くなって弔いにアヂスキタカヒコネが来た折に詠まれた「天なるや 弟棚機(おとたなばた)の 項(うな)がせる 玉の御統(みすまる)御統に 穴玉はや み谷 二渡らす 阿治志貴高日子根の神ぞ(訳:見たまえや、ひとびと。かの天上にて、機(はた)織る乙女の、うなじに懸(か)けし珠(たま)かざり。その緒に貫いた珠かざりの、穴玉うつくしく照るように、谷二つかけわたして、照りはえる神のすがたは、これぞわが兄の神。)」の弟棚機にあるとする。 また、お盆の精霊棚とその幡から棚幡といい、『萬葉集』卷10春雜歌2080(「織女之 今夜相奈婆 如常 明日乎阻而 年者将長」)たなばたの今夜あひなばつねのごと明日をへだてて年は長けむ など七夕にまつわる歌が存在する。

古来、日本には五節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)があり、それぞれ季節の節目の身のけがれを祓う大切な行事でした。 節句は季節の節目に、無病息災、豊作、子孫繁栄などを願い、お供え物をしたり、邪気を祓う行事で「節供」ともいいます。 江戸幕府は、一年のうちで特に重要な節目として、五節句を式日に定めていましたが、この制度は明治6年に廃止されています。 現在は、季節を楽しむ行事として定着しています。 上巳陰暦3月3日は、「桃の節句」です。 本日から陰暦の3月3日まで、先祖が引き継いできたおひな様を飾り付けします。